当時大学生だった僕とスケベ高校生のブラボーは、毎夜2メーターバンドでささやかれる恋人同士の会話を、こう呼んでいた。
カップルの一人は大学院生のNさん。彼はまじめな学生で工学系の大学院で、まもなくマスターコースの修了を控えていた。
お相手のYLであるU子ちゃんはOLさんでまだ19歳。Nさんとは無線で知り合った。そして数ヶ月のQSOの末、二人は恋の花を咲かせたのである。
なんで僕がそんなにこの二人を知っているかというと、Nさんが時折U子ちゃんを我が家に連れてきて、アイボールQSO(実際に会っておしゃべりすること)を楽 しむからだ。
僕とNさんも無線で知り合ったのだが、それは彼とU子ちゃんが知り合う前のことなので、二人の親密度が増していく様は最初から見物しているこ とになる。
二人が我が家へ来るのは僕と話をしに来ているはずなのだが、その割には二人でいちゃいちゃしていることがほとんどなので、見せびらかしに来ているとしか思えなかった。
僕とブラボーが「夜中のセレナーデ」のファンであることは、もちろん二人は知らない。
僕らは毎晩それをラジオ代わりにして、それぞれ何かをやっている。
ブラボーは聞きながら勉強しているのだと言うけれど、エロ高校生の彼があのセレナーデをワッチしていて勉強に手などつくはずはなかった。
「セレナーデ」の中身は時に過激な方へ進むこともあった。
純情にしか見えないU子ちゃんが吐息を漏らして「抱かれたい」と囁いたときなど、僕はビールを吹き出したし、ブラボーは椅子から転げ落ちたそうだが、きっと鼻血も出したはずだ。
そんな二人の甘い会話なのだが、不思議と邪魔をするものはいなかった。
普通、2メーターバンドでYLと仲良く話していると、妨害をしてくるとんでもない奴がいるものだった。
そのころ、僕をよくコールしてくる女子高生のC子 ちゃんという子がいたのだが、僕とC子ちゃんがQSO(交信)をしていると突然ガラの悪いおっさんが割り込んでくることが多かった。
「ブレークぅ~」とがなり、「何かご用ですか?」と訪ねると、僕には一切の挨拶もなく勝手にC子ちゃんに向かってしゃべり出す。
僕のことは完全に無視でQSOを乗っ取ってしま う。
C子ちゃんも心得ているので、
「いま、JO1QNOとQSO中ですのでブレークするような急用がないのでしたら、別の機会にQSOお願いします」
と突き放す。すると黙り込んだおっさんは、その後長時間にわたって妨害電波を流す。
こういうことが良くあった。
ところが、毎晩聞いている「夜中のセレナーデ」では妨害する局が全くいなかったのである。
「深夜ですからねぇ。さすがにあの時間にワッチしてる局は少ないんじゃないですか?」
これがブラボーの見解だった。
ある日、「夜中のセレナーデ」を聞いていると、珍しくモービル局(自動車で移動中の無線局)がブレーク(会話に割り込むこと。本来は急用に限られる)をかけた。
「はい、ブレークの方どうぞ」
と、U子ちゃんが言うと、モービル局の主が切り出した。
「どうもすみません、QSOをお楽しみのところ。しかし、こんな時間で他に信号が聞こえなかったものですから、こちらに声をかけさせていただきました。実はホテルを探しているので、地元の方に教えていただけないかと思いまして」
コールサインも他エリアのものだったので、旅行者のようだった。
「どこのホテルですか?」
そうNさんが尋ねると、ブレーク氏は言った。
「決まってないんですが、この辺にラブホテルはないかなと思いまして。今彼女と二人で旅行しているので、ラブホテルで良いんです、安いし」
これに対して純情カップル二人は情報を持っていないようだった。
「そうですかぁー、ご存じないですか。いやーどうもおじゃましました」
と、ブレーク氏が言うと、
「ブレーク!」
とまたブレークが。
「ラブホだったら○○のところに××というのがありますよ。値段も良心的です」
「ブレーク」
またブレークだ。
「いや~あそこはだめでしょ。俺のお薦めは○×ホテルだなぁ。だいたい××はコンドームが別料金だし」
「ブレーク! イヤー俺としては△ホテルをすすめちゃうね。この時間に入れば割引だよ」
こんな調子でブレークが相次ぎ、5人くらいが一気に会話に参入してきた。ゴキブリは1匹見つければ数十匹いるというが、無線傍受もしかりだ。僕とブラボーくらいしか聞いていないと思っていた「夜中のセレナーデ」は、実は密かな人気番組だったらしい。
誰も妨害しなかったのは、その会話の進展を期待するマナーの良い?リスナーが揃っていたためだろう。
15分ほどでブレークした全員が消えたが、その後の二人の会話は、はじめて傍受されていることを意識したかちこちの会話になり、「夜中のセレナーデ」の放送は途絶えた。
数年後、二人はめでたく結婚したと、報告を受けた。
あのあと、どういう手段をとっていたのかは不明だけれど、きっと「夜中のセレナーデ」は続いていたはずだ。
物好きなブラボーはHFからUHFまでくまなくその会話の引っ越し先を調査していたがついに見つからなかった。
結婚の話を聞かされて、番組の一番良いところを聞き逃して最終回の結論だけ聞かされたような、そんな心持ちに僕はなったのであった。
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