1983年頃の話だ。夕方になると、必ず2mFMでCQを出すモービルハムがいた。
僕らは彼のコールサインの一部をとって、彼を「ミスターG」と呼んでいた。
ニューカマーながら落ち着いた雰囲気のCQに惹かれて、僕はミスターGをコールしてみた。
彼の話によると、彼の年齢はもうすぐ50を迎える頃という。
職業は高校の先生で、毎日高校からの帰りにモービルよりCQを出しているというのだ。
「あのー、あのー」
マイクが彼に回るとなかなか言葉が出てこずに、「あのー」がしばらく続く。
「あのー、あのー、私はあのー、実は口べたで。あのー、そのー、それを直すために、あのー、そのー、ハムを始めました」
50を迎える年になってもまだよりよい先生になろうと努力するとは何とも前向きな先生だ。
僕は感動して、年下ながら彼を応援した。
「大丈夫ですよ、先生。何しろアマチュア無線なんてのはベラベラしゃべってるわけですから、私なんかもこの通りのおしゃべりになっちゃいましてねぇ、あはは。先生も必ず口べたなんて直っちゃいますよ」
とは言ったものの、僕は元来のおしゃべりで、アマチュア無線のせいでもないでもないのだから、アマチュア無線をやるとしゃべりがうまくなるんてんて理屈は口からでまかせだった。そもそもおしゃべりな人と無口な人は、最初から脳の構造が違っているというのが今では常識だ。
ある日、またミスターGのCQが聞こえてきた。音声の合間にキャリアに車のオルタネーターノイズが乗っていた。
彼が指定した周波数に行ってみると、なんと僕の友人で現役変態高校生の通称ブラボーくんがミスターGをコールしたではないか。
あの無口なミスターGとひょうきんかつ変態高校生のブラボーがどんな会話をするのか、僕はわくわくしてウォッチした。
RSレポート、リグの紹介、アンテナの紹介まではすらすらと進んだ。問題はそこからだった。
「あのー、あのー、あのー」
心配したとおりだった。僕とのQSOでは僕が話題を誘導したが、ブラボーはCQを出した相手のペースに従おうとしていた。
口べたなミスターGは話題を探し ながら、「あのー」を壊れたレコードのように繰り返した。
しかし、いっこうに話題が出てこない。
マイクのスイッチは送信のままだ。
「ブーン~ガチャガチャ。カッチカッチカッチカッチ。キューッ。ブーン、ガチャガチャ。カッチカッチカッチカッチ」
延々と流れる運転の音。特にウインカーのカッチカッチという音が何とも虚しい。
そんな運転音を長時間聞かされて、さすがにのんきなブラボーも、「こりゃいったい何者だ」とあきれていたらしい。
10分近くこの状態が続いた後、ミスターGはやっと声をだした。
「あの~。夕日が~夕日が~きれいです・・・・・・」
この日から、ミスターGはブラボー君によって「ミスター詩人」というニックネームを付けられた。
残念ながら彼の無口は直ることもなく、その後彼の免許状が更新されることもなかった。
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